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1997年03月16日

●シンフォニー名曲コンサート

私と音楽との、主なつながりは、小学校時代に習っていたエレクトーンと、高校時代に入っていた吹奏楽部ということになります。特に、管楽器を演奏するということは、会社に入ってもなお、続いていました。ただし、それは、ある意味偏った世界で、広くクラシック音楽と接する切っ掛けには、なっていませんでした。
自分では、「悩み事を持たない」のが、“とりえ”だとは、思っているのでが、どうも当時、仕事上の行き詰まりみたいなもので、自分自身悩んでいた時期があって、そんな時、楽員の方にお会いする機会があったのが切っ掛けで、クラシックのコンサートに出掛けてみる事も、気分転換にでもなるかなという軽い気持ちで、チケットを買ってみたわけです。
この公演のプログラムがシューベルト・イヤーにちなんだものであったことと、メンデルスゾーンの協奏曲をやったせいもあって、聴きやすく、しかも、センチュリーのレベルの高い演奏に感動してしまいました。  前半のプログラムでは、小さな地震が発生して、少し動揺しながらも、音楽に集中してたし、ヴァイオリン・ソロも素晴らしかったです。後半のブラームスは、力強い演奏で、ブラームスの交響曲っていうのは、随分前にLPレコードで聴いたきりだったこともあって、とても新鮮な感動を覚えました。
従来、私には、「なりふり構わず思うように、感覚だけでうまくいく天才的な世界が芸術」という、揺ぎ無い先入観がありました。ところが、この公演を聴いたという経験は、実は、表現するというのには、“訓練に裏付けられた技術力”が、とても重要なのではないかという、発想の転換を促す機会となりました。
オーケストラが演奏するようなクラシック音楽は、日常生活の中で、極自然に接するという性質のものではないけれど、日常の中で育まれている法則のようなものから、決してかけ離れた特異なものではないという考え方で接してみると、以前よりリラックスした気持ちで、聴けるようになった気がします。
それは、私たちの家庭の中で、ごはんを食べる前に、何に対する訳でもなく、合掌をして、“いただきます。”と、云う様な、何気ない光景に似ています。そういう習慣が薄れつつある日本の家庭で、ふと、そうした情景に出くわした時の感動のようなものなのです。“そんな事で感動しないよ。”と、云われてしまえば、それ迄なのですが、およそ、私にとってのクラシック音楽への感動とは、このような類ものなのです。 大げさな云い回しになりますが、とにかく、今回、この公演を“鑑賞した”という経験は、私にとって、後の進路に、大きく影響を与えてくれたことは間違いないのです。

シンフォニー名曲コンサート
「ロマン派の輝き」

会場:ザ・シンフォニーホール
期日:1997年3月16日午後2時開演
管弦楽:大阪センチュリー交響楽団
指揮:ウリエル・セガル
ソリスト:ビリアナ・バチコバ(ヴァイオリン)

シューベルト:交響曲第8番ロ短調「未完成」D.759
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調op.64
ブラームス:交響曲第4番ホ短調op.98