1997年06月20日

●N.Y.(ニューヨーク)の仲間たち パート2

1997年が、私にとってのターニングポイントとなったのは、間違いない事実です。この年には、個人的に、いろんな出来事がありました。たくさんの演奏家にも出会いましたし、また、多くの温かい人柄にも接する機会がありました。いい事ばかりがあったわけではないけれど、今振り返ると、変化と決断の一年でした。
演奏家との親近感のある関係が、私の価値観を揺るがしたとでも云いましょうか、演奏を聴いて、素直に感動するという気持ちの動きがある理由は、彼らが、おそらく幼少の頃から、鍛え上げられてきた技術力と、磨き抜かれた感性を、ステージの上で、遺憾なく発揮している姿が、目に映るためだと思います。
今回のプログラムは、興味深いものでした。前半のプログラムでは、特に、チェロによるショパンの遺作品が、心に残りました。渡部さんは、読売日響のチェリストでもあり、忙しい中、リハーサル、そして本番のスケジュール調整には、大変苦労されたようですが、とても息の合った演奏だったと思います。
にわかにブームと化しているピアソラという作曲家の楽曲は、日本のクラシック演奏家の中でも、少なからず演奏されているようですが、今回、この曲は、私自身としては、初めて聴きました。弦のシャープな響きと、リズム感に、とても新鮮な印象を持ちました。左手のポジションが目まぐるしく変わるヴァイオリンなどは、大変弾き辛いのでは?という感じを受けますが、聴いている側にとっては、こういう躍動感が有る音楽は、とても楽しめるので、全く退屈しません。
今回、ピアノ奏者は、3人いらっしゃいましたが、それぞれの方に、固有の演奏スタイルというのもがあるのが、とても興味深かったです。また、こういった技術力の高いアンサンブルを聴ける機会というのは、なかなか無いので、今回の演奏会は、大変貴重な体験でした。もっともっと、回を重ねていって、私たち聴衆を楽しませて欲しいと思います。
最後に、このレポートを読む可能性が高い出演者の皆さんへ、“勝手な事を書きましてごめんなさい。”

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1997年06月15日

●夭折の天才、シューベルトへのオマージュ

私の高校時代には、確か、ここに、木造の公会堂があったような記憶があるのは、気のせいでしょうか。久しぶりに河内長野の駅を降りると、随分きれいになっていて少々驚きました。ラブリーホールは、立派な建物です。私の地元からは、市内へ出かけるよりも随分近い場所なのですが、今度、建物に併設しているレストランにでも出かけてみようなどと、思いはしたものの、いまだに実行していません。地元近辺の、所謂、郊外の中規模ホールには、各市町村などが建てた立派なものが、多いと思います。富田林にも、すばるホールがあったりするし、各自治体や、文化財団などは、クラシック音楽には限らないですが、例えば、優秀な演奏家を、どんどん誘致して、市民文化を高めて欲しいものです。
室内楽も素晴らしいのですが、やはり、オーケストラの重厚な音楽を、もう一度聴いてみようと、公演を探していたら、休日の昼間に、しかも、家からわりと近い場所に、“センチュリー”が来るというので、迷わず、聴きに行く事にしました。財政難がささやかれる大阪府ですが、700回以上に渡り、“府民劇場”は、大阪府下の様々な場面で、府民に、芸術鑑賞の場を提供しているようです。こうした“うるおい”は、資金難の中でも、カットされない事を、私個人としては、切望します。
今回も、シューベルト・イヤー(生誕200年)にちなんだ企画プログラムでした。内容は、「未完成」交響曲などです。私見ですが、彼が、1797年から1828年という時代を駆け抜けた、その短い生涯の中で、世に残した作品は、哀しいと云うか、暗いと云うか、どちらかと云えば、“陰の印象”を受ける作品が多い様に思います。また、特異ともいうべき旋律の美しさは、沢山残されている歌曲の、とても心地よいメロディの中に、よく現れていると思います。
交響曲「悲劇的」は、たっぷり、お聴かせいただきました。余談ついでですが、会場や指揮者が代わると、こうも演奏のイメージが変わるものだと実感したコンサートでした。

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