1997年11月10日

●第45回定期演奏会

どうしても、このコンサートに出かけたかったという訳ではなかったのですが、私自身の中では、“虫の知らせ”が、そうさせたという解釈で消化しています。私の思い過ごしかも知れませんが、センチュリーは、時折、“EROICA(英雄)”を採り上げるというイメージを持っていました。とはいうものの、それを聴いたことが無かったのも事実でした。今回、トロンボーン奏者で、吹奏楽関係の情報としても、とても興味を持っていたリンドバーグ氏の共演ということで、これは、聴くしかなかったという訳です。
前半のプログラムは、トロンボーンを、自由自在に操り、甘い音色と、抜群のテクニックで、聴衆を酔わせてくれたリンドバーグ氏の演奏が、素晴らしかったです。特に、アルトトロンボーンは、B♭管の一般的なものと較べて、やや小さ目の楽器なのですが、巧みな技術力で、機用に吹きこなしておられるのには、プロなので当たり前なのかも知れませんが、とても感動しました。また、演奏の真面目な側面と、演奏後、カーテンコールに応えるユーモアとサービス精神旺盛な、“根アカ”な側面が、好対照で印象的でした。
ベートーヴェンの英雄は、新しい試みによる演奏だったようですが、予備知識の無い、未熟な私には、一般に演奏されているものと、何処が、どう違うのか等、よく分かりませんでした。
そもそも、作曲者(ベートーヴェン)が、当時描いていたオーケストラというものは、譜面上の楽器の起用法などから、想像するより方法はないのかも知れませんが、少なくとも、現在、わが国で演奏活動を行なう、オーケストラを認知していた訳では無いというのは、確かな事ではないでしょうか。ということは、現代において、ベートーヴェンの楽曲を演奏するのには、彼の譜面を忠実になぞるだけでは足りないと云えるのではないでしょうか。
勿論、譜面通りの演奏ができる事は、大前提ですが、たとえば、オーケストラが、“いい音楽”を求めるために、作曲者が残した譜面はさることながら、時代背景、人間関係、生活環境などを勘案しながら、その意図を探り出していくという作業は、演奏家にとって、技術的な“おさらい”や、ステージ上で演奏以上に重要なことです。そうした方法でもって、表現していこうとする姿勢には、とても感心します。
4管編成のフルオーケストラが100人前後の大所帯なのに較べて、2管編成という55名のセンチュリーは、数の上での迫力という面では、やや物足りなさを感じる向きがあるのかも知れません。しかし、音の共鳴は、ユニゾンでの音程の純度とか、各楽器間での音量のバランスを工夫する事で、かなりスケールが広がるものだと、私は思います。そういう意味では、センチュリーの音楽には、他に、引けを取らないスケールがあって、個人的感想としては、極めて好感度が高いのです。演奏能力に裏付けられた新しい表現方法の模索には、期待度が大きいといえます。
大きな違いというと、繰り返し部分を、どう繰り返すのか、しないのか、といった事から、原版(作曲者自筆のもの)から、作曲者の意図の変遷を辿った場合、どの時点での指示が適切かなどを研究した成果を、表現しているようなのですが、やっぱり、よく分かりません。従来のものと、何度か、聴き較べてみたりするのも面白いような気がします。

 
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