1998年11月11日

●桐友会特別演奏会

2日連続で、コンサートを聴くことになったのですが、“バルトークのソナタが、聴いてみたい。”という、ちょっと弱い動機でした。今回は、舞台上手側、2階のバルコニー席から、ステージを、ほぼ真下に眺めるという位置から演奏を聴く事になりましたが、臨場感があって、なかなか良かったと思います。
このコンサートは、桐友会というのは、桐朋学園同窓生有志の会で、今までは、京都中心に音楽活動をしてきたのだそうです。今回は、桐朋学園音楽学部付属教育研究機関として富山市にキャンパスがある“桐朋オーケストラ・アカデミー”が、フォローする形で、大阪公演が実現したのだそうです。
例えば、大学の法学部を卒業しても、法律家になるという可能性は、かなり少ないように思いますが、音楽大学を卒業すると、やはり演奏家になるとは限らないのでしょうか?学園が、音楽家を養成する付属機関を設置し、同窓生の有志が集い、このように、演奏の機会を確保するバックアップ態勢があるというのは、演奏家を目指す学生たちにとっては、大変心強いのではないかと思います。
“お目当て”の曲は、第1曲目にあった訳ですが、ティンパニー、数種のシンバル、大太鼓、小太鼓などは、まさに打楽器ですが、マレットを使うシロフォーンのほか、2台のピアノは、音程のある楽器ながらも、打楽器的な起用をする場面があって、作曲者バルトーク特有のリズム感に、とても感心しました。
シンプルな編成で、ストリングスの明るい音色が特徴的なオーケストラは、なかなか聴きどころが多かったです。モーツァルトについても、とてもエレガントに演奏していたと思います。
ヴァイオリン協奏曲では、ソリストの貫禄の有る演奏を楽しませてもらいました。ブルッフは、多分、ロマン派後期と位置付けされるドイツの作曲家だと思いますが、全体として、“あまい”メロディが展開します。

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1998年11月10日

●第30回記念’98南海コンサート

“朝比奈さんのステージを見たい。”という思いは、以前から強くありました。私の中では、名前ばかりが先行して、逆に、音楽的な期待感は、強くなかったかも知れません。しかし、超ご高齢で、何時までも、現役で頑張って居られる日が、永久に続く訳ではない(2001年12月29日死去)ので、一度くらいは聴いておきたいと思っていたのです。
ブラームスの1番をやるというこのプログラムにおいて、やっと、その念願が叶いました。また、ソリストの加藤知子さんは、私的には、約9年前に、同オーケストラの公演で、同楽曲の演奏を拝聴して以来、久しぶりに聴けるということで、今回の演奏会で、その2つの楽しみがありました。
前半のプログラムは、メンデルスゾーンの協奏曲を弾く加藤さんの、グイグイ牽引する熱演に、気持ちごと持っていかれたような気がしました。オーケストラの短いイントロ部分が、非常にゆったりとした幅のある音長で、アラルガンドに導かれましたが、実際のテンポは、他に、ライブやCDで何度か聴く同楽曲のそれと、変わりが無く、それが、ソロとオーケストラの間にある良い緊張感を伝える音楽効果となっていたと思います。
この曲は、数ある作曲家のヴァイオリン協奏曲の中でも、最もポピュラーで、聴く機会も多いのですが、第1楽章冒頭の、あまりにもインパクトが強いメロディばかりが、印象に残って、曲全体として、感動的な演奏というものには、なかなか出会えないという感じを持っていたのですが、今回の公演では、オーケストラ、ソリスト、そして指揮者の3面関係が、大きく均衡を保った演奏を、ゆったりと、安心して聴くことが出来たと思います。
また、冒頭は然りですが、第2楽章での、ゆっくりの中にある流れを、緊張の途切れない“まわい”を保つ、オーケストラとソリストの位置関係は、“間延び”すること無く演奏されていたし、第3楽章でも、決して“先を急がない”ダイナミックな演奏が展開されて、随所に、“こういう曲だったのか。”と思うような、とても新鮮な印象を持ちました。
休憩を挟んで、後半のブラームスですが、率直な感想から云うと、エネルギッシュな演奏でした。
作曲者ブラームスが楽譜に記した指示は、まさに作曲者の“意図する音楽”であるという朝比奈さんの音楽表現に関する“哲学”があるようですが、おそらくは、譜面に忠実に演奏されていくのですが、第1楽章から、ダイナミックに展開する音の“うねり”には、まさに、ブラームスの世界でもあり、朝比奈さんの世界でもあるのだと感じさせられます。第2、第3楽章へと、この長い交響曲は、静かに、そして、輝かしく進んでいくのですが、本当に、このご高齢な指揮者のエネルギッシュなタクトには、感心します。
また、作曲者ブラームスは、4つの交響曲を残していますが、彼が交響曲の作曲を手がけたのは、生涯の比較的後半に当たります。また、彼は、ベートーヴェンを尊敬し、かなりの影響を受けていた事も周知のようです。最終楽章の有名な長いメロディは、ベートーヴェンの第9番を思わせる雄大な音楽を展開しますし、この第1番では、様々な場面で、ベートーヴェンの影響を感じさせられる事から、ときどき、“ベートーヴェンの交響曲代10番”と、評される事があるようです。
朝比奈さんの音楽には、「このくらいでよし」というのは、無いのだそうで、セッティングされた練習時間が、足りない事はあっても、余ることはあり得かったと聞きます。また、練習の到達点は無く、やればやるほど、前回より今回が、今回より次回が、巧くなって然りだという信念があったようです。こういうお話しから、彼が、生涯に渡り音楽を表現するという仕事を全うしてきた根底にある、“かくあるべき人生観”のようなものが伺える様な気がします。

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