1999年06月13日

●N.Y.(ニューヨーク)の仲間たちパート3

この企画は、今回が、3度目の公演ですが、私にとっては、前回に引き続き2度目の鑑賞となりました。
こうした自主企画的な公演は、前回までの「財団」や、今回の「新聞社」といったところの資金的なバックアップをはじめ、様々なフォローがないと、なかなか実現しないというのが実情のようです。
わが国において、文化に対する認知度の低さは、この国での音楽活動の傾向として、優秀な演奏家を、他所から呼んで来ることは出来ても、自ら輩出でき難いという環境があることを如実に物語っていると云えるのかも知れません。
これは、全く個人的な意見ですが、“音を楽しむ”のには、古典の伝統的な音楽を、堅苦しい作法にのっとって、聴くばかりが全てではないと思います。むしろ、メロディを口ずさみながら聴くくらい、ラフでリラックスした情況の下で楽しむのが、モア・ベターではないかと思います。何が云いたいかというと、演奏家は、極度の緊張感の中で、そのモチベーションを切らさない演奏をするわけですが、聴く方は、そんなことに付き合う必要は無いのではないか?と思うのです。そうは云いながらも、スーツにネクタイという格好で、演奏会を聴きに出かける事が多い私には、矛盾したお話しなのですが。
  バーンスタインが音楽を担当した有名なミュージカル「ウエストサイドストリー」より3つの曲を取り上げたオープニングは、意表をつく打楽器(小物類)の演奏に驚嘆しながら、愉快に楽しく、“ノリ”を感じる事が出来ました。私にとっても、アマチュアのブラスバンドでの演奏機会があったりした「ウエストサイドストリー」の曲は、とても思い出に残るものなので、感慨深いものでした。
6人の演奏家が、様々な組み合わせで、色とりどりのスタイルで、音楽を表現していくというプログラムの進行は、いい緊張感を保ちながら演奏を聴くことに集中できました。楽しい時間というものは、あっという間に過ぎ行くもので、演奏会は、“また次回までお楽しみに!”という訳です。この素晴らしい演奏家の皆さんの素晴らしい音楽を、次回も、次々回も、ぜひ聴きたいと思います。

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