2003年10月31日

●第372回 定期演奏会

大阪フィルハーモニー交響楽団の新しい音楽監督として、今年のシーズンから指揮を執られている大植さんは、就任後シンフォニーホールでの定期演奏会、3度目のプログラム登場です。大阪在住の一クラシック音楽ファンとしては、今回も、もれなく鑑賞する運びとなりました。これまでの大阪フィルを、どれだけ知っているというわけではありませんが、“新体制”という出来事の中に、大阪フィル自体の、変化を求めるというよりもむしろ、“他と違ってきた”という発見の場に、立ち会いたいという期待感を求めて、ついつい足を運んでしまったわけです。
大阪フィルの開演前の雰囲気は、相変わらずで、会場に足を踏み入れると、幾人かの楽員さんたちが、ステージ上で、自由に音だししている風景が目に入ってきます。客席も、開演まで、少々間があるため、ざわざわしています。時間になると、コンサートマスターが、最後に登場し、チューニングが行なわれ、開演準備完了というわけです。
第1曲は、こういうオーケストラの定期演奏会では、あまり取り上げられない、「タンゴ」のリズム感と、和音の雰囲気をもった楽曲でした。指揮者とコンサートマスターの間の空間には、アコーディオン奏者がいたり、アルトサックスやピアノ奏者が加わる、稀な演奏スタイルでした。こういう曲は、管楽器が頑張ってしまって、バランスを崩したりするんじゃないかなという心配も他所に、軽快なリズム感が、クラシックの演奏会には無い「ノリ」を、楽しませてくれました。
ソリストとヴァイオリンチェロ群との美しい音の受け渡しに始まった、ヴァイオリン協奏曲では、第1楽章では、大変甘いメロディーを、朗々と謳いあげていたと思います。第2楽章は、音色、音量など繊細な部分が、求められる部分ですが、そこそこ楽しめたと思います。第3楽章でのソリストの速いパッセージが、音楽の流れを乱すことなく、スムーズに形成される様に感心しました。また、前半プログラムの最後に、竹澤さんが、アンコールに応えて弾いた、クライスラー作曲「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」は、彼女の、とても高い技術力を、証明してくれました。
後半プログラムのブラームスは、第1楽章でのストリングス(特に、ヴァイオリンチェロ群)のメロディーが、よく響いてきました。前回、座席位置のせいかと思っていましたが、今回、真中の席から聴いたので、このオーケストラのヴァイオリンチェロの響きの美しさは、やはり、格別のものであると確信しました。第4楽章エンディングのスパークは、迫力がありました。第1第2ヴァイオリンヴァイオリン群は、最初から、響かせて欲しかったような気もしますが、全体として、まとまりのある演奏会だったと思います。ちなみに、ブラームスを、うまく演奏するのは、とても難しいものなのかも知れないと、今回の演奏会を聴いてみて、強く感じました。
全国的に、大阪は、『たこ焼き』のイメージがあるのかどうかは、知りませんが、ライブ音楽に関する私見を述べるなら、まさに、たこ焼きの焼き方にあると思います。ご存知の通り、たこ焼きは、銅板を叩いて、半球の窪みをたくさん作った“たこ焼き器”のを火にかけ、その“たこ焼き器”の上に、出汁などを混ぜた粉を水で解いたものを、溢れんばかりに流し込むことから、作業が始まります。あと、ぶつ切りのタコや、天カスなどを乗せていきながら、身をクルクル回転させて、形作っていきます。この最初の工程が、型の窪み擦り切れに、注いだのでは、最終的に、うまく球形になっていかないのです。
楽譜どおりの音楽って、結果的に云うと、書いてあるとおりの音程、音長、速度、音量で演奏することになるのかもしれません。しかし、その方法から云うと、音符や休符に、溢れんばかりの何かを、注ぎ込んだ結果として、作曲者の意図した或いは意図しなかった素晴らしい音楽或いは芸術が生まれてくるものなんじゃないかと思ったりします。CDなどの録音ものもよく聴きますが、生の音源に触れられる演奏会に通うのは、その『何か』が、感じられるからなのかも知れないと、思ったりもしています。今後の大阪フィルには、より素晴らしい音楽、芸術を発信する地元のオーケストラとして、さらに、発展されることを、一クラシック音楽ファンとして、希望しています。

続きを読む "第372回 定期演奏会"