« ?????????????????????????????? | メイン | ミティラー(御堂筋線/なんば) »

2005年03月18日

●第386回定期演奏会

チャリティーコンサートから、1ヶ月経ちませんが、2004/2005定期演奏会のラストは、大植さんのマーラーで、締めくくりという事で、聴きに行ってまいりました。で、このコンサートプログラムは、3月20日に、サントリーホールで、行われる、東京公演と、同じです。
最近は、大阪フィルの演奏会の、感想を、書くのは、もう止めようかと、思ったりする事が有ります。それは、今までに、クラシック音楽を、鑑賞してきて、費用対効果のバランスが良い、演奏会は、少ないと、感じる中で、コンスタントに、期待度に、応じた、満足感が、得られる、演奏団体のひとつが、大阪フィルハーモニー交響楽団だと、思うからです。
然るに、次年度の定期演奏会は、年間会員として、年間10回の定期演奏会に、同じ席で、聞く予定になっています。
本題に入りますが、本日のプログラムは、マーラーの交響曲第6番イ短調「悲劇的」、この1曲でした。長い楽曲なので、午後7時に、開演し、終焉は、8時40分を、過ぎていたかと、思います。
この楽曲は、2003年の秋に、イスラエルフィルハーモニー管弦楽団が、来日公演で、演奏されたのを、同じ、ザ・シンフォニーホールで、聴きました。その際は、第二楽章のスケルツォと、第3楽章の緩徐楽章という、初演の際の楽章の順序を、入れ替えて、第2楽章に、緩徐楽章がくる形で、演奏されたのですが、今回の大植さんの大阪フィルは、初演と同じ、順序で、第2楽章に、スケルツォが来る形で、演奏されました。どちらが、どうとかは、私には、よくわかりません。
この曲の最後の音は、ピチカートの余韻を、かみ締めながら、それに、聴き入るものなのですが、イスラエルフィルの同楽曲の時も、同じでしたが、相変わらず、大阪のお客さんは、拍手が、早いので、迷惑です。とはいうものの、この事態を、良い風に考えるならば、楽曲の終わり方は勿論、この楽曲自体、あまり、聴いた事が無いけど、聴きに来たお客さんが、多数居たということかもしれません。となると、マナー以前の問題なので、そういうお客さんを、攻める事はできないし、私達は、寛大な気持ちで、受け止める必要があるのかもしれません。そういう意味では、クラシック音楽ファン層は、このオーケストラ自身、もしくは、指揮者、出演者の、何らかの影響で、大きく、広がりつつある現象のひとつなのかもしれません。  とある演奏団体のとある定期公演では、演奏前に、指揮者が、マイクを持って、舞台袖に出てきて、「最後の余韻まで、聴いて下さい。そのあと、拍手を、頂けるなら、大変有り難いです。」と言うような事を、念を押してから、演奏されたケースを、見たことが有ります。この時は、録音という事情が、あったから、余計に、神経質だった感じがしたのですが、理屈は、最もだと思いました。
そこまでしなくても良いのですが、文化の違いというか、演奏後、拍手に、乗り遅れるのが、怖いが如く、突っ走る大阪のお客さんは、心を、入れ替えて、出直してきて欲しいと思います。きっと、東京公演では、そのような事は無いのだと思います。
演奏会の拍手等に関する私の見解は、次の通りです。
楽員、コンサートマスター、指揮者などの、登場時には、盛大な拍手で迎えたいものです。また、楽章間は、咳払い他の音は、許されると思うし、プログラムの進行を、妨げない範囲であれば、演奏に対する感動に応じて、拍手しても構わないと思います。勿論、楽曲終了時は、感動の度合いに応じて、拍手すれば良いと思います。ただし、楽曲終了時とは、指揮者が、指揮をし終えて、腕を、下ろしきった時点と、思います。楽章間も、同様です。よく、「ブラボー」とか、声を、かける人が居ますが、日本人が、日本人の演奏家に、かける言葉としては、適当かどうか、疑問を、感じるばかりです。作曲者への敬意という意味でしたら、解らないでもありませんが。

第386回定期演奏会

期日:2005年3月18日午後7時開演
会場:ザ・シンフォニーホール(大阪市)

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮者:大植英次

マーラー:交響曲第6番 イ短調 「悲劇的」